「物が多い家」〜〜三陸大震災のボランティアで〜〜その2

ミニマリスト

三陸大震災の時の、
ボランティアの話の
続きです。


ボランティアは基本
危険地域には派遣されないので、
主に、被災者の家の
片付けがメインの仕事でした。


家の物を見ると、
なんとなくどんな家なのか
が判りますね。


2件目の家も、
膨大な物が溢れていました・・。

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職業は漁師のお宅

2件目のお宅は、
かなり古くからある家らしく、
瓦屋根の大きな家でした。

イメージ的に、
お屋敷と呼ぶには少々小さい、
そんな感じです。

お屋敷

母屋の他に、多分昔は
家畜を飼っていたのでしょう、
馬小屋のようなのもありました。


その他に、プレハブの建物。

これは倉庫らしいのですが、
ちょっとした集会所ぐらいの
大きさがある。

昔なら、蔵、と呼ぶような
感じのものでしょうか。


そして、この辺は
敷地の広い家が多く、
ほとんどの家に畑があります。

ここの畑は広くて、
趣味でちょっと・・・
というレベルではないぐらいの
大きな畑でした。


そんな広大な敷地の家に、
50代ぐらいの夫婦、
お二人で住まわれているそうです。


いかにも田舎の家、
っていう感じの家でした。

畑

津波の跡

この辺は海岸からは
かなり遠いところなのですが、
ずっと平地で、
海からここまで障害物が
何もありません。

唯一、防波堤があって
その横を道路が通っているだけです。


防波堤も高さは
3メートルぐらいはあるのですが、
津波はこれを、
やすやすと越えてきたようです。


陸に上がった泥水が乾き、
ものすごい砂ぼこりです。
風が少々強かったのもあって、
常に砂が舞っていました。

被災地




津波の被害に遭ったところは、
どこもしばらくは、
砂ぼこりが酷かったです。

昼食で、
持参したおにぎりを
外で食べた時は、
じゃりじゃりと
砂が混じってしまいました・・・。

被災地ですから、
環境が良くないのは
当たり前ですがね。

大量の畳

さて、ここの家で
先にやったのは畳出しです。


大きな家の
殆どの部屋が和室なので、
畳の数が半端ない。

畳の部屋




全部の畳が完全に
泥水を吸っています。


めちゃめちゃ重い!


男4人でやっと一枚持てるぐらい。

家から畳を出し、
リアカーに乗せて、
付近の道路の端に
積み上げて置く。


そうすると、
行政が重機を使って
持っていってくれるのです。


道路の両端には、
家ごとに、瓦礫の山が
出来ていました。


ここの家のように、
リアカー、一輪車のある家は
まだ良いですが、
普通の家庭は
全部手で運びますから、
ホントに大変です。


みんな水を吸っているので、
本当に重い・・・。


田舎なので、
全体的に高齢者が多いですから、
ボランティアがいなくては
瓦礫運びは
かなりキツイ作業だったと思います。

大きな倉庫から出てきたものは・・


さて、畳出しが終わって、
家畜の小屋の瓦礫も出したあと、
プレハブの倉庫も
やってくれというので、
行ってみました。


・・・・・愕然。

「なんじゃこりゃ!?」


倉庫の中は、
うず高く積まれた布団の山です。

(え〜〜〜っ・・・汗)

座布団は40〜50枚
ぐらいはあります。
布団は1ダースぐらい、セットで。

敷き布団、掛け布団、
毛布、シーツ、などで、
全部で100枚ぐらい


(なんでこんなにあるの?)
(二人暮らしだろ?)
(畳の後にこれ・・・?)


・・・・心の声。

正直、嫌になりました(笑)

水を吸ってるので、
畳よりも全然持ちにくいし重い!


重いのに、形が定まらないので、
持っても腰が入りません。

握力と腕の力で持つしかないのです。

いや、キツかった・・・・マジで。

なぜ大量の布団があるのだろう?


それにしても、布団は多すぎです。
布団の中には、
組布団でセットになったまま、
開封してない新品も
ありましたので、

「増えている」
もしくは
「買い替えている」
と予想出来ます。

田舎の、それも
こんなプチ屋敷ですから、
由緒正しき家柄
なのかも知れません。


親戚が一同に集まる、
とかいう機会があるの
かも知れませんから、
無駄なものでは
なかったのかも知れません。

二人暮し


しかし、現在、
お二人で暮らされていて、
誰も手伝う人が居ないから
ボランティアを頼んだのでしょう。


そんなに人が集まる、しかも、
一泊なりしていくことが、
本当にあるのだろうか?

ちょっと疑わしく思いました。


あくまで私の想像ですが、
昔は大家族で、
集まる機会もあったものが、
だんだん減ってきて、
当時の物だけが残っている、
のではないでしょうか?


代々引き継いできた物だから、
在るのが当たり前。

今となっては
使うことも無いが、
棄てる必要もないので、
そのままになっている
のではないでしょうか?

田舎の一軒家は広いので、
倉庫にどんどん物を溜めがちです。

どれだけの物があるのか、
住んでる人間も
把握出来てない場合もあります。


物が増えたら、倉庫を増やす。
そんな感覚なのかも知れません。

また揃えるのだろうか?

数年が経過して、
生活が元に戻った時に、
ここの家は、はたして、
また布団を揃えるのだろうか?


そんな事を、ちょっと思いました。


「必要だから持っている」
のではなく、
「有るのが当たり前だから持っている」
という理由で、
保有していたような気がするのです。


・・・本当に必要なのだろうか?


私が決めることではありませんが、
持っている物に、
必要性の有無を考えず、
今までそうだったから、
これからもそう、を
選択する、している、だけだと思うのです。


有る種の思考停止ですね。


持っている物に対し、
必要性を考えずに
有るのが当たり前、
という理由だけで
持っているものがある。


それは思考停止の産物なのだな、
と、そんな事を思ったボランティアでした。

コーヒータイム

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